ブ厚くてジューシーな何か

某所の人美味しいトンカツを食べに行ったというので、行ってみましたよ。


お店の名前は「平兵衛」。
上野のマルイシティの裏手にあります。


MapFan:東京都台東区上野 6-7-13


え〜と、これがまた、良くも悪くもツッコミどころ満載のお店でした。

なにしろ、お店に入る前からしてすごい。
こんな文言が、お店の前の看板に書いてあります。




・油をまったく劣化させません
――黒く汚濁した油を使うほとんどの他店は傷害罪といえます


・肉は一切叩きません
――叩かねば柔らかくできないのは下手ということです


当店ではこの程度は常識です




……え〜と。
とりあえず、他店にケンカを売る気満々ってことで、OK?


気を取り直して、店内に入ります。
ん〜、少々、いや、かなり……エレガントに言えば、見目麗しくない状態です。
多少年季が入っている、という程度であれば築地のあのお店を始めとして好きな店はけっこうあるんですが、これはダントツで……手入れを怠っているのではないかと思われてなりません。
いいんだっ、今日はお店を見に来たんじゃなくて、トンカツを食いに来たんだっ。
自分に言い聞かせつつも、荷物が積み上がっている座敷席を見るにつけ、も少しなんとかならんものかというツッコミが心中に去来します。


店内のカウンター席には、先客あり。
驚いたことに、カップルです。
彼女連れだからといって小洒落た店を選べとは言いませんが、いくらなんでもそれは、と思わなくもありません。おそらく、男性の方が女性を初めて連れてきたのでしょう。女性の視線は、私に負けず劣らず店内を軽快に泳ぎまくっています。


ひとまず、私もカウンター席に腰を落ち着け、とんかつ定食 2,300 円也を注文。
目の前には、何やら黄色い表紙のパンフレットが置いてありました。
このタイトルがまたふるっていまして。


「地球環境保護と飢餓救済のために
――とんかつ屋・天ぷら屋における公害と犯罪――


いきなり問題のレベルが国連並みです。
それだけこのパンフレットで訴えたいことに強い思い入れがあると解釈しておきましょう。
事前情報では、このお店は独自の調理方法を採用するために時間がかかるとのことでしたので、手持ちぶさたにこのパンフレットを読んでみることにしました。
大略すると、おおよそこんなことが書いてあります。


・たいがいのとんかつ屋では、廃油がガンガン出ている
・他店のとんかつの製法は、高温の油で揚げるために肉の旨味が含まれた肉汁を捨てているようなものだ
・ウチのとんかつの製法は、廃油を出すこともなく、また肉汁の失われる量も極めて少ない


いや、もっといろんなことが書いてあるんですが、ひと言ひと言がなんつーか刺激的と言えばいいのか、挑発的と言えばいいのか。
「自分寄りのものを称揚するときに、他者を引き合いに出して低める」ような物言いは基本的に好きじゃないんですが、ここまで徹底されると恐れ入る他はありません。


そうやって、私が「ほんまかいな」と思いつつパンフを読んでいる間に、店主であるおっちゃんは。


「ふぬっ!」
「しゅっ!」
「OKっ!」


……これ全部、かけ声です。何かをするたびにこれが出ます。
「味のある店員」と「ちょっと危ない人」の間を行ったり来たりしつつ、調理は着々と進んでいました。
まず、冷蔵庫から玉子を取り出し、ボウルに割ってかき混ぜます。
そして、また冷蔵庫に手を突っ込んで……。
あの、厚みが 2cm 以上はありそうな肉はナニ?
思わず冷や汗を流して見守っていると、その肉を溶き卵に突っ込み、充分に絡ませてから平たいバット(粉砕の方じゃなくて、現像の方に近い)の粉にまぶしています。おそらくはパン粉なのでしょうが、普通のトンカツに使うパン粉とは異なり、恐ろしく目が細かいです。


で、準備ができた肉を、コンロにかかった鍋の油に入れるわけですが。
「じゅわ〜」という、お約束のあの音が、一切聞こえません。
小さな泡は立つのですが、それもごくわずかで、とても揚げものをしているとは思えないほど、油の様子は静かです。
それに、油そのものの色も綺麗な金色で、汚れた様子は一切ありません。
まるで、ただ単に油の中に漬け込んでいるように見えます。
むぅ……事前情報では「低温に熱した油に浸すようにして揚げる」とありましたが、マジでその通りだったとは……。


投入から調理完了まで、待つことおよそ 30 分
その間、鍋の油に大きな変化は見られませんでした。
で、店主が鍋からトンカツを引き上げるわけですが、引き上げたカツをほんのちょっとの間、網に載せておいたと思ったら。
素早くまな板に載せ、「しっ!」とか言いながらノリノリでトンカツを切ってますよ?
つまり、揚げ物の類でよくやるような、油を切る操作を一切していないことになります。
……大丈夫、なんだろうか?


そして私の前にやってきたトンカツ。


見た目には、オムレツで巻いた豚肉とか、あるいは豚肉のピカタとかそういった趣で、やっぱり私が知っている「トンカツ」とは一線を画しています。
それにしても、やっぱりブ厚い。
油に入れる前とあまり変わった様子はなく、確実に 2cm 以上あります。


何はともあれ、食べてみましょう。
ソースや醤油が用意されていますが、最初は何も付けずに食べてみます。
……おぉお。
これはすごい。


トンカツ食べて「さくっ」という音を聞いたのは初めてですよ。
衣が「さくっ」というんじゃなくて、肉の線維が切れる音ね。新鮮な鮪を厚切りで食べるとするような、ある種軽やかな音です。
それでいて、これだけ厚いのにすごく柔らかいの。
言うだけあって、肉汁もたっぷり。
うぉ、すごいすごい。
油をあまり切っていないことによって当然懸念された、「油っこいのではないか」という問題も、しつこさを感じるどころか非常にあっさりしていて、何か間違えたんではないかと思うほどでした。


ええと、これははっきり言って、これまで私が食べてきたトンカツとは完全に別の料理なんじゃないかと。
トンカツという名前じゃなくて、新しい名前を付けるべき食べ物なんじゃないかと。


あとは、カウンターにあった調味料を片っ端から付けて食べ比べてみました。
ソース、醤油、マスタード、ゆず味噌だれの 4 種類です。
……む〜。
これは……合う調味料がない気がする……。


肉汁がたっぷりでジューシーということは、調味料の味もそれだけ薄まりやすいということ。
肉自体に下味が付いていないためにかなり淡泊な味わいですが、それに合わせて濃い調味料を使うと肉の味が飛んでしまいそうです。
調理方法は研究に研究を重ねているようですが、それに合うソースの味ももうちょっと工夫した方がいいんじゃないかなぁ。
むぅ、肉がものすごくいい感じなだけに、これは惜しい。
個人的には、ちょっと酸っぱいソースが良く合いそうな気がしています。


あと、これを食べたからって、他のトンカツが食べられなくなるかというとそんなこともなさそうです。
「それはそれ、これはこれ」という感じで、棲み分けというか。


万人にお勧めできる味ではないように思いますが、一度くらいは味わってみるとよろしいんじゃないでしょうか。

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Comments
一匹の黄色い猿 | 2005/05/28 04:44
つ[『揚げ物=油で泳いだ茶色い物』は間違い]
つ[茶色いのは『焦げ』ですから]
_
つ[肉汁があって脂臭くないトンカツには胡椒]
つ[それも挽きたてのブラックペッパーが吉]
あおしま | 2005/05/28 10:48
↑そうそう。
塩か塩胡椒、山椒塩あたりがいいんでないかなあ?と思いました。
陣来霧 | 2005/05/28 11:26
あ〜、ゆず胡椒なんかいいかもしれないっスね〜。
持っていって試してみようかな。
strider@A2 | 2005/05/29 00:01
平兵衛、とうとう行かれましたか。
あそこは店内が店内なだけに、一人とか陣さんみたいな人と一緒じゃないと行けないんですよ。
正直うちのかみさんはアウトでしょう。

で、30分くらい待たされました?

あそこ下ごしらえからやるので、どの位待ったかも書いたほうが良いっすよ。

味は陣さんの書いたとおりでしたけど、あっし的には塩とか醤油が欲しかったですかね。

確か1〜2回匿名でテレビにも出た店だったはず。食通で有名な山本何たらさんが、店名出すなって店の主人から言われていたにも関らずしゃべってそれから騒がれたかなあ。

昔MGCとかアメ横に行った時に寄ったのですが、懐かしいですな。
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